異彩の画家・若冲(3)百犬図 遊び心に包んだ仕掛け

媒体掲載記事

2019年02月01日

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異彩の画家・若冲(3)百犬図 遊び心に包んだ仕掛け

百犬図 絹本著色 一幅 個人蔵

百犬図 絹本著色 一幅 個人蔵

 画面を埋め尽くす子犬の群れ。けんかするようにもつれ合う犬、やめろというようにほえる犬、あいさつするように前足をあげる犬―。一匹一匹異なる多様なポーズがなんともかわいらしい。

 よく見ると、それぞれ毛並みやしぐさが異なる中、唯一共通する見開いた目が、異様な雰囲気も醸し出している。

 「百犬図(ひゃっけんず)」(個人蔵)は、江戸中期、京都を拠点に独学で自らの画風を創り上げた天才絵師・伊藤若冲(じゃくちゅう)(1716~1800年)が描いた、遊び心が詰まった犬尽くしの一作だ。

 特徴的なのはその構図。どこからどこまでが地面か分からない。余分な背景を排除しつつ、子犬という題材に絞り込み、多様な姿で画面いっぱいに散らすことで、見た人を驚かせるような、目くらましの効果を狙ったとされる。これは、若冲の代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」全30幅の中で、画面いっぱいに13羽の雄鶏を描いた「群鶏図(ぐんけいず)」と同じ表現方法を意識したとされている。

 県立美術館の伊藤匡学芸員は「当時、同じものをたくさん描くというのは喜ばしい、良い意味があった」と説明する。また「よく見ると、葉っぱをくわえた犬もいる。これがほうきの象徴とされ、若冲が信仰した仏教の一派、禅宗を暗示しているとする説もある」と解説。どうやら本作は、見た目の楽しさの裏側に、さまざまな意図が込められているようだ。

 画題は百犬図だが、描かれた犬は59匹しかいない。これは、子犬を意味する「狗子(くし)」から、語呂合わせで「百狗子」→「ひゃく(く)し」→「百子(ひゃくし)」とし、中国の伝統的な画題で童子が遊ぶ「百子図(ひゃくしず)」に見立てたという説がある(ミホ ミュージアム「若冲ワンダーランド」)。

 左上には「米斗翁(べいとおう)八十六歳画」との署名があるが、若冲は1800(寛政12)年に数え年85歳で亡くなっており、矛盾する。ただし若冲は還暦以後、改元の度に年齢を足したとされ、実際は84歳の時に描かれた作品と考えられている。いずれにしても最晩年に描かれたことに間違いはなく、衰えることのない画力に、ただただ圧倒される。

 ちなみに若冲は、ほかにも犬を題材にした絵を描いているが、猫の絵は知られていない(新潮社「若冲ワンダフルワールド」)。

 若冲といえば、庭でニワトリを数十羽飼い、観察しながら描き続けた逸話は有名。猫はニワトリの敵とみなしていたのだろうか―。などと想像しながら見るのも面白い。


米斗翁(べいとおう)、斗米庵(とべいあん) 若冲が晩年に名乗った雅号。70代後半から絵一枚を米一斗(約15キロ)と交換する生活を始め、「無欲の商い」の意味を込めたとされる。若冲が憧れた文化人で、高い身分を捨て一杯の茶を売って生活した売茶翁(ばいさおう)の影響と考えられている。

(2019年1月21日 福島民友新聞掲載)

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