私の中の若冲(2)皮膚感覚を呼び起こす 安田晴美さん

媒体掲載記事

2019年02月27日

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私の中の若冲(2)皮膚感覚を呼び起こす 安田晴美さん

 

 伊藤若冲(じゃくちゅう)に迫る企画の2回目は、美術史家安田晴美さんに話を聞いた。

 日本画家佐藤太清(たいせい)(1913~2004年)の孫で、近現代日本画への造詣が深い安田さんは「作品が放射するエネルギーが鋭い。見た人の視覚から記憶の中にある皮膚感覚を呼び起こす」と語り、江戸時代から時を超えて力を放つ若冲作品の独創性を評価する。

◆「記憶が体によみがえり追体験できることが新鮮」

―若冲との出会いは。

 「小学校入学前、東京国立博物館で『動植綵絵(どうしょくさいえ)』を見たのが最初だった。描かれた鶏(にわとり)と花が発散する異様なイメージが記憶に残っている。しかし、それは不快ではなく、興味深い感覚でもあった。初めての感覚に衝撃を受け、再度見たいと母に伝えたことを覚えている」

―異様なイメージとは。

 「現在の私の言葉で語るとすれば、絵画から増殖感を知覚したという感覚。しかも、自然のサイクルとは全く違うスピードを持つ増殖感だ。身近な生き物が異次元の存在になったような印象に驚き、今まで意識したことがないイメージの存在を知ったのだろう」

―祖父の佐藤太清と若冲は生きた時代が異なるが、共通点はあると思うか。

 「祖父も若冲には関心を持っており、私が若冲作品を見た感想を話すと、うなずきながら聞いてくれたのがうれしかった。祖父は毎朝、庭に咲く花々や飼っていた鳥などを写生していた。写生はそのまま絵画に移行させるものではなく、繰り返し対象を学び、自身の中で再構築するための礎。自然と向き合い、形象を分析し、身近な光景を独自の解釈で表現する絵画を模索した。放出するエネルギーは全く違うが、このような求道的な制作姿勢には共通点があるのではないか」

―現代作家も若冲の影響を受けているか。

 「若冲作品で特徴的なエネルギーを自己の概念に重ね、新たな展開を図ろうとする現代美術作家は多く、若冲の影響を見いだすことはたやすい。しかし、日本画でもその影響を語る作家がいることに注目したい。彼らは見慣れた対象を従来にない方向性で再構築し、新しい感覚を発散する絵画を目指している。自身の画風を築き上げることに苦悩する現代の日本画作家にも若冲のDNAが受け継がれているといえるだろう」

―好きな作品は。

「隠元豆・玉蜀黍図」 紙本墨画 双幅 草堂寺所蔵

 「『隠元豆(いんげんまめ)・玉蜀黍図(とうもろこしず)』。祖父の作品もそうだが、身近な植物を絵画化した作品が好き。幼いころ、田舎でトウモロコシの葉に初めて触れたとき、葉のイガイガで指が切れそうになって驚いた記憶がある。本作は視覚から、そのときの皮膚感覚を呼び起こす。何の前触れもなく記憶が体によみがえり、追体験できることが新鮮だ。一方、カエルは後ろにひっくり返りそうで、何となく愛嬌(あいきょう)がある。上部は呼吸を感じさせないほどの緊張感があり、下部はくだけた楽しさがある。一つの絵に二面性があり、そこに若冲の人間性が表出しているようで興味深い」

―今回の作品展をどのように楽しむべきか。

 「若冲が何を描きたかったのか、当然もう言葉では残っていない。しかし、それは既に作品を見る私たちにとって関係ないことかもしれない。作品が放射するエネルギーを受け止め、自分の五感によみがえってくるものが大切だ。その感覚を大事にすると、絵との距離がぐんと近くなる。絵の解釈は一通りではない。時を経ることにより感受するイメージも変わっている。何度も足を運び、絵と向き合うと楽しいと思う」


 やすだ・はるみ 東京都生まれ。一橋大大学院を経て、2004(平成16)年から祖父で、大山忠作と交流のあった日本画家佐藤太清の著作物管理、展覧会企画などを担当。07年、福知山市佐藤太清記念美術館顧問に就任。美術史家として近現代日本画の評論、エッセーなどの寄稿、講演活動を行っている。51歳。

(2019年2月11日 福島民友新聞掲載)

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