私の中の若冲(4)魂まで見つめて描いた 小松美羽さん

媒体掲載記事

2019年03月11日

媒体掲載記事

2019年03月11日

私の中の若冲(4)魂まで見つめて描いた 小松美羽さん

 

 生命力に満ちた神獣の姿を描き、海外へ活躍の場を広げる現代アーティストの小松美羽さん。伊藤若冲(じゃくちゅう)への敬意を公言する小松さんは「若冲は一つの生き物の先にある魂まで純粋に見つめて描いた。自然な祈りが込められているから、若冲の絵は今も生きている」と見た人の心に迫る若冲作品の神髄を言い表す。

◆自然な祈りが込められているから、今も絵が生きている

―小松さんは神獣の姿を描いているが、若冲が生命に向けるまなざしに影響を受けたか。

 「私は人間も動物も区別せず、魂だけの純粋になった世界を描く。祈りに込められたエネルギーを色で表現している。若冲作品には八百万(やおよろず)の神をほうふつとさせるような、ミニマム(最小)な視点からワイドな視界が広がっていく世界があり、刺激を受けた。海外の人からも好きな作家を聞かれたら、若冲と答えている」

―世界を舞台に精力的に活動している。若冲作品が海外でも評価される理由をどのように考えるか。

 「私は毎年タイに行き、タイ仏教を勉強しながら瞑想(めいそう)の修行をしている。仏教に限らず、祈る姿はみんな一緒だと思う。祈りを知っている人の絵はどこでも通じるし、誰でも分かる。私は破壊的、暴力的な絵があまり好きではないが、若冲作品にはそれがない。なおかつ、ストイックに一つの生き物の先にある魂まで見つめて描かれている。自然な祈りが込められているから、今も絵が生きていて、どの国の人も懐かしさを感じるのではないか」

―東日本大震災後、県内をたびたび訪れ、観衆を前に作品を制作する「ライブペイント」に挑んだ。

 「南相馬市の海岸や二本松市の安達ケ原、智恵子の生家などを訪れ、まずはその土地に宿るスピリットや氏神、もののけを感じようと探した。震災を経験していない世界中の人も福島に対して祈っただろう。その祈りがやはり届いていると思った。もう一度、人の祈りをくみ上げ、具現化された神獣が自然のエレメント(要素)と同化していく。自然のエレメントと人間をつなぐのがアートだ。医学は病気やけがを治せるが、アートには薬の役割がある。魂や心を治せるのは絵や音楽の力だ。夜に行った公開制作では墨絵から描き始め、福島に集まった人たちのエネルギーと神獣をつなげて絵に入れ込もうとした。福島の地での経験が今に生きている」

―お薦めの若冲作品は。

「双鶴・霊亀図」 紙本墨画 双幅 MIHO MUSEUM

 「『双鶴図(そうかくず)』。ここには自我がなく、祈りしかない。初めて向き合ったとき、1本の線の先に動物の毛が何万本も密集しているような残像が見えた。迷いがないから、スピード感がある。技法の問題ではない。純粋な部分が反映されていないと、あり得ない現象だ。4次元的で時空を超えている。若冲は修行僧のようであり、最先端過ぎて未来人にも思える。偽りがなく、完成度が高い墨絵を多く残せた作家は類を見ない。若冲の線は絶対に生で見てほしい」

―今回の展示会で若冲の世界に初めて触れる人も多い。メッセージを。

 「若冲の技法や生き方といったアカデミックな要素を取り払い、ただ絵に向き合えばいい。美術館に行かない人から『もし良さを感じられなければ否定されるようで怖い』という意見を聞く。勇気を出して絵を見てほしい。何を感じるかは自由だ。本物を見ることで日々の生活につながり、目が肥えてくる。震災から8年を経て、100点以上もの作品が福島に集まるのは必然的ではないか。若冲の意思であり、残留思念として作品に残るスピリット同士が呼び合ったからだろう」

「双鶴図」の鶴はつがいとして描かれている。もう一幅の「霊亀図」と合わせ、子孫繁栄などを願い正月や祝い事のたびに掛けられたとみられる


 こまつ・みわ 長野県出身。女子美術大短期大学部卒。現代アート界に銅版画家として登場後、渡米を経てペイントや墨絵、ペン画と創作の幅を広げる。出雲大社に絵画「新・風土記」を奉納。本県の芸術祭「福島ビエンナーレ」で第1回金獅子狛犬賞を受賞。国内外で個展を開いている。34歳。

(2019年2月25日 福島民友新聞掲載)

この記事が気に入ったら
いいね !お願いします!

Twitter で